【十二指腸狭窄】脅威の回復力、10日で退院!気になる合併症と予後

十二指腸閉塞・狭窄

パネくんとスイカちゃんの2歳差兄妹の母エイミーです。兄パネくんは妊娠6ヶ月の時に“十二指腸閉塞”の疑いが発覚し、生後1日で手術をしています。今回はNICU・GCUでの生活と予後や合併症についてお話ししていきたいと思います。

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山場を超えた!NICUで順調に回復!

生後1日で開腹手術をしたパネくん。執刀医には「手術翌日が山場、明日を越えれば大丈夫」と術後に言われていました。生後2日目にNICUを訪問すると、先生が穏やかな顔で「体調は安定していますよ」と言ってくれた時のことを今でも鮮明に覚えています。ほっと一安心して、食欲が湧いてきました。

しかしパネくんの絶食は続いていて、お腹が空いて泣きじゃくるパネくん。我が子が泣くと私のおっぱいが自然に滴り落ちました。(ホルモンって本当にすごい!)それでも授乳できない辛さと言ったら…涙 あまりにもお腹が空きすぎて泣き止まないので、看護師さんがグリコース入りの水をスポイトであげてくれました。すると満足そうにしてすぐに寝てしまいました。何もしてあげられない無力な自分を責めました。

黄疸で保育器が日焼けサロンに!

パネくんは黄疸の数値も少し高かったので、光線療法も同時に行いました。もう正直黄疸の数値が少し高いくらいじゃ全く動揺しませんでした。笑 母は日に日に強くなります。ちなみに光線療法は3日間。今写真を見返すと、黄疸が出なかった下の娘よりやはり肌が黄色くて黒い感じがします。その後黄疸で引っ掛かることはなく、しっかり治りました。ちなみに黄疸と十二指腸狭窄は無関係だと先生が言ってました。

保育器の中でサングラスをして光を浴びながら爆睡してる我が子を見た時はクスッと笑ってしまいました。

生後5日目で初めての授乳!

全く授乳できない日々が4日間続きましたが、完全母乳を目指していたので(一人目あるある、謎の意気込み)昼夜問わず3時間おきの搾乳をしていました。

毎日病院に冷凍母乳を持ち込みましたが、私の冷凍母乳のストックは増えていく一方でなんだか虚しくなり挫折しそうになりました。

しかし遂に生後5日目にして「搾乳した母乳を初めて哺乳瓶で飲んだよ」と看護師さんから嬉しい報告がありました!そして「ママ授乳してみる?」とのさらに嬉しいご提案が!!!!もちろん答えはYES!授乳の仕方を一から教わりながら待ちに待った瞬間がやってきました。

初めておっぱいを飲むパネくん、しっかり乳首を力強く吸って上手に飲むことができました!もう感動、感動で涙が出ました。4日間の断食ハンデを全く感じさせない飲みっぷりにみんな拍手でした!

生後7日目にGCUに移動!

予想よりも早くNICUからGCUに移動の日がやってきました。

いつものようにNICUに行くと、なんとコットにお洋服を着て寝ているパネくんが!!

看護師さんに「今日でNICUは卒業で、GCUに移ります」と言われました。

恥ずかしながら当時の私はGCUのとこを知りませんでした。看護師さんに「GCUとは新生児回復室のことで、NICUで治療を受け、状態が安定してきた赤ちゃんがいるお部屋です」と説明を受けました。

GCUは保育器ではなく、お洋服を着てベビーコットに寝るので、パネくんは晴れて初めてのお洋服を着ることができたのです。母感動!!!

執刀医に予想を上回る回復の早さですと言われ、「2.3週間の入院の予定なのにもしかしてもう家にパネくんがくるの!?」と嬉しいながらも赤ちゃんとの新生活に不安を感じてしまいました。

GCU通いも大変!

NICUでは面会制限があり、パネくんと過ごせる時間はとても短かったです。しかしGCUは基本的にいつ面会に言ってもOKでした。3時間おきの授乳があったので、1日中病院にいる日もありました。幸い家から病院まで徒歩3分だったので、授乳しておむつ変えて、一旦帰宅し家事をして、また病院へ戻るという生活を送りました。私はNICU通いが体力的にきついと聞いていたので、体の回復が早い無痛分娩で産みました。自然分娩より体にダメージが少ないのに、徒歩3分の病院通いがとってもしんどかったです。

GCUにいた赤ちゃんで、ほとんど親が面会に来ない赤ちゃんもいました。きっとおうちが遠くてなかなかこれないんだろうなと思って見ていました。

NICUと違ってGCUはママが基本的に赤ちゃんのお世話をする雰囲気なので、結構大変です。沐浴の練習をしたりもします。GCUは赤ちゃんの回復室であり、パパとママの慣らしの場でもあるのです。

退院の日!GCU内では決して喜んではいけない

退院する前日に主治医から「明日退院できますよ」と言われました。出産前は2.3週間の入院と言われていましたが、なんと10日で退院できました!!主治医もびっくりの回復力でした。

退院の日、ウキウキしてGCUへ。でも看護師さんや主治医に「よかったね、おめでとう!」と小さな声で言われるだけでした。

私は気付きました。「ずっと退院できない子もいるからみんなの前で喜んじゃいけないんだ」と。

私たちは静かにお世話になったGCUを去りました。

主人と私と息子の3人で病院のエントランスを出た時、とってもとってもとっても嬉しかったことを思い出します。この日を待ってた、この数ヶ月頑張ってよかった!

合併症の検査の嵐

退院後、パネくんは合併症がないか検査しました。十二指腸閉塞や狭窄を持って生まれてきた子の多くは合併症があります。心臓に奇形の合併症が多いと先生が言っていました。

パネくんは脳のエコー、内臓のエコーと心エコーを検査をしました。生まれたばかりの小さな体でたくさんの検査を頑張ってくれました。

幸いパネくんに合併症はありませんでした。

先生に「十二指腸閉塞の子で合併症がない子は珍しい」と言われました。不幸中の幸いでした。

気になる予後は?

合併症はなかったパネくんですが、気になるのは将来十二指腸狭窄の影響が他にあるのかということ。担当医に「手術が成功すれば予後は良好で、完治したと思って良い。稀に腸閉塞が起こることがあるけど確率はとても低い。」と言われました。

妊娠中に十二指腸閉塞について調べた時、“離乳食1歳の時に始めました”という十二指腸閉塞の赤ちゃんに出会いました。担当医に離乳食の開始時期を質問したところ、遅らせる必要はないと言われました。

パネくんは手術の傷口のケアをしてあげる必要はあるけど、そのほかは普通の赤ちゃんと同じように育ててOKでした。

傷跡ケアはとても簡単でした。傷口にマイクロポアのサージカルテープを貼り、1週間に1回張り替えました。毎日テープの上から優しくマッサージをすると傷の突っ張りが軽減されるそうで、毎日粛々とマッサージしました。生後半年くらいでサージカルテープを卒業しました!

お腹の傷はの勲章!パネくんマーク

現在2歳になったパネくんですが、お腹にしっかり手術痕が残っています。

残念ながら結構大きいです。

お腹の横幅の3分の1がくらいの大きさです。男の子なので水着になったら見える位置にあります。

きっと幼稚園くらいになると、「これ何ー?」とお友達に言われる日がくるんだろうなと思います。なので今から「これはパネくんマークだよ!パネくんが手術を頑張った証だよ!」とお話ししています。私の言葉で彼の心を救えるかは分かりませんが、手術を乗り越えて息子を誇りに思っているので、息子にも自分に堂々としていて欲しいなと。

よく食べ、よく寝て、よく喋る、よく動く

パネくんはとても育てやすい赤ちゃんでした。(下の娘が生まれてから比較して気付きました)

完全母乳で育ち、おっぱいは死ぬほど飲みました。ジーナ式でネントレをして育てましたが、教科書通りの睡眠、8ヶ月からはセルフねんねを習得して夜通し(12時間)寝ました。離乳食もスムーズに進み、なんでも食べる子になり、動きも活発。今の保育園では本当によく喋ると先生から褒められます。

周りの人はパネくんが生後1日で大手術をしたなんて想像が付かないと言うくらい、とっても元気な子です。

この生かされた命を私は大切に育てていこうを心に誓っています。

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